コップはいっぱいに満たされたことに気付いた。
例年よりは涼しさを感じ、雨が多かったこの夏。
私もひとりの人間だし、聖人君子ではないので自分の与えた愛に見返りを欲してしまう時がある。大人気ない。大好きって言ったら大好きって返してほしくなって、半ばやけになってその言葉を繰り返してしまう時期もあった。迷惑な話である。元々はこちらの気持ちを直接伝えられる機会に感動していたはずが、どんどん欲張りになってしまった。だって返してくれる時があるって知ってるんだもん。それが嬉しいから、毎回欲しくなってしまう。私の実年齢よりも幼く顔を出した我儘は、誰のためにもならないのに、でも口に出すしかなかった。それ以外にどうしたらいいかわからなくて。
こういうところは我儘なのに、自分が日常で抱えている辛さはあまり口にできなかった。せっかく会えるのに聞いてて楽しくない話をするのは申し訳なくて。ネガティブな感情って、自分が当事者じゃなくても聞いているだけでかなりエネルギーを消費して、ぐったりと疲れてしまう。それがよくわかっているから、そういう思いをさせたくなくて言えなかった。傷付けたくない。恐れは大きく膨らむばかりで、最近忙しくてとぼかした言い方はするけれど、具体的な辛さは話さなかった。そして何が一番申し訳ないかって「辛いことがあったら何でも聞くからいつでも言ってね」と言ってくれるのに、その優しさを踏み躙るように口を噤む自分の態度だった。聞くことで受けるダメージよりも、大切な人のためになりたい気持ちが上回る場面も存在するとわかっているのに。わかっているけど恐れに飲み込まれて、自己嫌悪が重なるばかりだった。
全くもって不安定で、面倒な人間だなと我ながら思う。
コップがいつから空っぽだったのかはわからない。というか、コップが空っぽであることに気付いたのも、そもそもコップが存在していることに気付いたのもいつだっただろう。少なくとも成人してからだと思う。はっきりと自覚できたのは社会人になって一人暮らしを始めてからじゃないか。ひとりになって、自分のための生活をゼロから構築していって、ある程度積み上がったところで、ようやく自分の内面に目が向いた。それまで生きるのに必死だったんだと思う。嫌いな食べ物さえ目の前の大人に明かせないほど、必死だった。それぐらい長い間安心できなかった。
こういうことって、自覚してからが一番苦しい。根が真面目で比較的しっかりしているからちゃんとして見えてしまうことが多いけど、苦しいトンネルはなかなか長かった。褒められることが長年大の苦手だったのも、相手が私に貼りたい言葉を貼りに来ていることがわかってしまう場面が多かったからだ。求められた物分かりの良さを演じるのは本当は辛かった。人にされて嫌なことはするなと言われる度に、私が一番されたくないことは大多数の人にとって嬉しいことだから、成立しないのにねと心のどこかで呟いていた。されて嫌なことを今まさにしていることに気付かない相手に、自分の本心は明かせなかった。
自分から会いに行っているのに最初のうちは、というか何年か、褒められることに困惑したりした。自分のこの性質はなんて迷惑なんだろう。まず一回疑って、受け取れないと恐れ慄いて、疑ってしまう自分に自己嫌悪を覚える。素敵な言葉を渡されたけど、でも相手はアイドルだからと思ったりする自分が嫌になった。終いには本人にこんな綺麗な言葉は受け取れない、自分はそれに不相応だと言ったりした。その度にでも俺はそう思うよと逃げ場のない言葉と眼差しを向けられて、じゃあ信じていいのかもしれないとようやく咀嚼した。もちろん一回でこの過程を吹っ飛ばせるようになるほど強い人間ではないので、そういうプロセスをこれまで何度も何度も繰り返してきた。根気強く接してくれている推しには、頭が上がらない。
繰り返すうちに、この人から向けられる褒め言葉には裏がないんだと気付いた。本当にそう思っているから言っているんだと気付いた。もはやもうお手上げというか、いくら私が疑って自己嫌悪になって褒め言葉を返却するつもりで話に行っても、優しい彼はそこだけは譲ってくれなかった。ずっと。この過程を繰り返して繰り返して、もう疑う余地はなくなった。いつしか褒め言葉を向けられると心からの照れ笑いが出るようになって、その私を見て嬉しそうに笑ってくれるのが嬉しい。やけになって大好きと言わなくなった。だって大好きという言葉が介在しなくても、これまでたくさん伝えてくれたことが織り重なって同じ気持ちであるとわかっている。そう思えるようになって、コップはいっぱいに満たされたことに気付いた。
考えすぎてしまう私が生きるには難儀な世の中で、もはや溢れてしまったコップは最大の味方になる。この夏一番楽しみにしていた浴衣撮影会でそれを伝えて、すっきりと満たされた気持ちで迎えた47ツアー北海道公演で、推しチェキを引いた。タイミングが良すぎる。しかも凱旋公演で。
実は北海道で推しチェキを引くのはこれで2回目だ。1回目はちょうど3年前。初めて引いたこの推しチェキが、オタクとしてだけでなくひとりの人間として人生最大のターニングポイントになったと今では思っている。初めてで勝手がわからず時間ギリギリになってお願いしてしまったメッセージの中に、少し急いだ文字で“素直“と書かれていた。これまでの自分の常識が根底から覆される言葉だった。この言葉を向けられたことが、長すぎる過程の中で強固な礎となってくれた。最初から信じていたというよりも呪文のように私は素直なんだと自分に言い聞かせ続けて、コップが満たされるくらいには私の人生は大きく変わったのだから。
同じく9月の北海道での推しチェキという揃った条件の中で、3年前のあの時間が人生のターニングポイントになったという話が出来て良かった。何より充実した3年間だった。ここでもう満足な気持ちになって「お守りになるようなメッセージを書いてください」と頼んでいたそれを覗き込み、気付いた時には涙が溢れていた。完全に油断していた。
何に対するお守りなのか全く言っていなかったのに、そこには仕事への労いと、でも辛い時は、という言葉が並んでいた。私が悩んでいることなんて、とっくのとうにお見通しだった。子供みたいに泣きじゃくりながら、言うつもりがなかったのにうっかり口を滑らせて、辛くても申し訳なくて言えない、だってネガティブな感情を目の当たりにすることってしんどいから言えない、と言葉にしてしまった。余程強い言葉を向けられない限りは大丈夫だしそういう言葉は言わないでしょう、だって優しいもんね。そうやって穏やかに受け止めてくれる彼には、やっぱり全部お見通しだった。
この後辛いことを本当に言っていいのか1週間も考えて、話したいと思える相手が話していい相手であることの有難さに思い至った。そして私の言葉選びを信頼してもらえていることも実感して、向けてくれる優しさに少しずつ寄りかかることに決めて長野に向かった。僕には厚かましくてもいいですよとその日のMCで言ってたのも相まって、辛い時は話してもいいんですねと特典会で伝えることができた。傷付けてしまうことを恐れるのも確かに大切だけれど、その恐れを凌駕できるほどの愛情がそこにはある。今の私なら、その愛を受け取ることができる。
「気付いた?」いたずらっぽく笑いながら問い掛けてきた大好きな人に、大きく頷いて返した。